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孝(こう)
社会保険労務士事務所

佐藤孝一
2026年10月22日
「残業を減らすようにしたので、社員は前より早く帰っています」
そう思っていた会社で、実は社員が自宅で仕事を続けていたことが分かったら、経営者はどう対応すればよいのでしょうか。
持ち帰り残業には、賃金の未払いなど、法律上の問題が生じることがあります。ただ、確認すべきなのはそれだけではありません。
仕事への責任感が強い社員ほど、周りに相談せず、無理をして仕事を抱え込んでいるかもしれないからです。
その状態が続けば、疲れや不満が少しずつたまり、「この会社で働き続けるのは難しい」と感じる人が出てくる可能性があります。
この記事では、持ち帰り残業の法律上の扱いと、人が定着する職場にするために会社が見直したいことを解説します。
残業は減ったのに、夜も仕事をしていた社員
たとえば、こんな会社があったとします。
※以下は架空の事例です。
社員16人の、チラシやポスターを制作する会社。社長は社員の健康を考えて、残業を事前申請制にしました。
「できるだけ定時に帰ってほしい。間に合わない仕事があれば相談してね」
1か月後、残業申請は減り、午後6時を過ぎると事務所の明かりも消えるようになりました。納品も予定どおりです。
ところがある朝、取引先から電話がかかってきました。
「渡辺さん、昨夜は遅くまでありがとうございました」
社長がメールを確認すると、送信時刻は午後10時47分。一方、勤務表には午後6時2分の退勤記録が残っています。
渡辺さんに聞いてみると、翌朝の納期に間に合わせるため、自宅で作業をしていたことが分かりました。
社長は、社員の負担を減らしたかった。渡辺さんは、お客様との約束を守りたかった。二人とも、会社のことを考えていたのです。
けれども、残業申請は減っても、社員が実際に抱えている仕事は減っていませんでした。
申請のない持ち帰り残業にも、賃金は必要?
まず確認すべきなのは、実際に働いた時間です。
厚生労働省の「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」では、労働時間とは「使用者の指揮命令下に置かれている時間」とされています。
会社がはっきり残業を命じていなくても、仕事の状況によっては「黙示の指示」があったと判断されることがあります。
たとえば、翌朝までの納品を求めているのに、通常の勤務時間ではとても終わらない仕事量だった場合などです。
ただし、自宅で仕事をした時間が、すべて自動的に労働時間になるわけではありません。
会社の指示の有無、業務の必要性、実際の作業の状況などから判断します。
労働時間と認められれば、原則として賃金を支払う必要があります。
法定労働時間を超えて働いた分には25%以上、午後10時から午前5時までの深夜に働いた分には25%以上の割増賃金がかかります。
両方に当てはまる時間は、割増率を合わせて50%以上になります。
また、法定労働時間を超えて働かせるには、36(サブロク)協定を結び、労働基準監督署に届け出ておくことも必要です。
「残業の申請がなかった」というだけで、会社の賃金の支払義務がなくなるわけではありません。
持ち帰り残業が、人の定着にも関わる理由
では、なぜ持ち帰り残業を、労務管理だけでなく「人の定着」の問題としても考える必要があるのでしょうか。
1.頑張る人ほど、負担を抱えやすい
渡辺さんは、お客様に感謝されることにやりがいを感じていました。急な依頼にも応えたい。会社に迷惑をかけたくない。そんな気持ちから、自宅で仕事を続けていたのです。
しかし、責任感が強いことと、長時間働き続けられることは別の話です。
無理をして納期を守ることが当たり前になると、仕事がその社員の頑張りに頼りきりになります。本人が体調を崩したり、急な事情で対応できなくなったりすれば、仕事が止まってしまうかもしれません。
人の定着を考えるうえでは、頑張る人に負担が集まっていないかを確認することが大切です。
2.相談できないまま、負担が増えていく
社長は「困ったら相談して」と伝えていました。それでも渡辺さんは、忙しそうな社長に声をかけられませんでした。
これは、本人が相談しなかっただけの問題でしょうか。
誰に相談すればよいのか決まっていない。納期を変えてもらえるのか分からない。「終わりません」とは言い出しにくい。
こうした事情が重なると、社員は自分で何とかしようとします。
その結果、会社は社員の負担に気づかず、社員はますます相談しなくなる。
そんな状態が続いてしまうおそれがあります。
気軽に相談できることは、安心して働くための大切な条件の一つです。
3.仕事への前向きさが失われていく
最初は、お客様に喜んでもらえることが嬉しかった。
けれども、毎回自分が夜に対応しないと仕事が終わらないとしたら、どうでしょうか。
「いつまで自分がやらなきゃいけないんだろう」
「相談しても、どうせ仕事は減らないだろう」
そんな気持ちが生まれても、不思議ではありません。
厚生労働省の「令和7年版 労働経済の分析」でも、転職した人の離職理由として、賃金以外の労働条件や仕事の内容への不満が挙げられています。
もちろん、持ち帰り残業が必ず離職につながるわけではありません。
ただ、長く働き続けられる会社をつくるには、労働時間だけでなく、仕事へのやりがいや相談のしやすさまで含めて確認する必要があります。
人が定着する職場にするために、会社が見直したい4つのこと
① 退勤記録と、実際の作業時間を確認する
まずは、勤怠記録と実際の仕事の状況を突き合わせます。
退勤後に送ったメール、パソコンの使用記録、ファイルの更新履歴などが手がかりになります。
ただし、メールの送信時刻だけでは、実際に何時間作業したのかまでは分かりません。
本人に話を聞き、客観的な記録と照らし合わせて確認します。
過去にも同じような作業があった場合は、さかのぼって確認し、労働時間の記録と賃金の支払いを適切に処理しましょう。
② 定時までに終わらない仕事を洗い出す
残業を減らすときは、仕事の量もあわせて見直す必要があります。
たとえば、夕方5時以降に入る修正依頼について、届いた時刻、作業内容、納期、担当者を記録してみます。
翌日に回せる仕事はないか
別の社員と分担できる仕事はないか
取引先と納期を調整できないか
実際の仕事を記録してみると、残業が生まれる原因が見えやすくなります。
③ 納期や仕事量を相談できる仕組みをつくる
「困ったら相談して」という声かけだけでなく、具体的なルールを決めておきます。
たとえば、「夕方5時以降に翌朝納期の修正依頼が入ったら、担当者だけで判断せず、社長か決められた責任者に連絡する」というルールです。
責任者が不在のときの連絡先も決めておきます。
ポイントは、納期の交渉や担当者の変更を誰が判断するのかをはっきりさせることです。
④ 社員の頑張りを、無理のない働き方につなげる
お客様のために頑張ることは、仕事への前向きさの表れでもあります。
その気持ちを大切にしながら、一人が負担を抱え続ける状態を防ぎたいところです。
たとえば、急な対応をしてくれた社員には、結果だけでなく「そのとき何が大変だったか」も聞いてみます。
そのうえで、次に同じような依頼が来たら、どうすれば勤務時間内で対応できるかを一緒に考えます。
頑張りはきちんと認める。でも、無理な働き方は繰り返させない。この両方が必要です。
人の定着は、「辞めさせない」ことだけではない
人の定着というと、どうしても「辞める人を減らすこと」に目が向きがちです。
しかし、社員が会社に残っていても、毎日無理を重ねているなら、安心して働けている状態とは言えません。
大切なのは、今いる人が安心して働き、自分の仕事に前向きに取り組めることです。
そのためには、労働時間や仕事量、職場のルールを整えることと、社員の責任感や意欲を大切にすること。
その両方が欠かせません。
無理をしている社員に気づき、仕事の進め方を見直せれば、特定の人に頼りすぎない職場に近づきます。
少ない人数でも仕事が回りやすくなり、社員が休みを取りやすくなることも期待できます。
人が定着する職場とは、社員の我慢や無理に頼らなくても仕事が続けられる仕組みがある職場ではないでしょうか。
まとめ|残業を減らすことと、人が働き続けられること
持ち帰り残業が見つかったら、まずは実際の労働時間と賃金の支払いを確認しましょう。
そのうえで、仕事の量や納期、相談の仕方を見直すことが大切です。
残業申請が減ったからといって、社員の負担が減ったとは限りません。
責任感の強い人ほど、周りに言わずに無理をしていることもあります。
社員の頑張りに頼るだけでなく、安心して、前向きに働き続けられる職場をつくる。それが、人の定着につながる大切な一歩です。
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