社員から改善提案が出なくなったのはなぜ?|「自由に言っていい」のに誰も言わない理由【パラレルワールド・フィクション 第1話】

※本記事はフィクションです。登場する会社・人物・出来事は実在しません。
この物語には、二つの世界があります。どちらの世界にも、同じ名前と同じ過去を持ちながら、途中から別の人生を歩んだ「同じ人物」が暮らしています。
二つの世界が重なるのは、ある喫茶店で、もしも「お茶」を口にしたときだけです。
(世界Aの高橋直人を「高橋」、世界Bの高橋直人を「タカハシ」と表記します)
世界A――「自由に言っていい」のに
高橋「何かない? 小さなことでいいから」
月曜朝の改善ミーティング。ホワイトボードは、今週も白いままだった。
高橋は、従業員23人の金属加工会社を経営している。父の体調をきっかけに会社へ戻り、継いで七年になる。
以前は、工具の置き方や段取りについて、現場からぽつぽつ声が上がっていた。いつからか、誰も手を挙げなくなった。
高橋「俺、言いにくい雰囲気つくってるか?」
工場長「いや、そんなことないと思いますけど」
高橋「自由に言っていいって、伝えてるよな」
工場長「伝えてます」
だったら、なぜ誰も何も言わないのか。
その日の帰り、高橋は通りがかりの喫茶店に入った。メニューの端に、見慣れない一行がある。
もしも「お茶」
高橋「これ、前からありました?」
店主「さあ、どうでしょう」
世界B――「改善案を出せ」と言われても
同じ頃、世界Bのタカハシも、同じ場所にある喫茶店にいた。
こちらのタカハシは、部品メーカーの加工現場で働いている。昼に、課長から言われたばかりだった。
課長「もっと現場から改善案を出してくれよ」
タカハシ「……はい」
先月出した提案がどうなったのか、何も聞いていない。
出せと言うのに、出したものには何も言わない。課長が何を考えているのか、さっぱり分からなかった。
メニューを開くと、**もしも「お茶」**の文字があった。
同じ顔
一口飲んだ瞬間、向かいの席に男が座っていた。
高橋「……は?」
タカハシ「……は?」
顔も声も同じだった。話してみると、名前も、小学校の担任も、初めて買った中古車の色も同じだった。
タカハシ「親父が倒れたとき、会社に戻ったのか」
高橋「ああ。お前は戻らなかったのか」
タカハシ「戻らなかった。そのまま勤め続けた」
しばらく、二人とも黙った。先に口を開いたのは高橋だった。
高橋「社員が改善提案をしなくなった。自由に言っていいって何度も言ってるのに」
タカハシ「……俺、たぶんその『言わなくなった側』だ」
高橋「なんで言わない」
タカハシ「前に、工具の置き場を変えたいって言ったんだ。課長は『今忙しいから、また今度』。それっきり」
高橋「本当に忙しかったんだろ」
タカハシ「たぶんな。……なあ、こっちも聞きたいんだけど」
高橋「何だ」
タカハシ「出した提案のこと、なんで何も言ってこないんだ? 出せって言うくせに。どうでもいいと思ってるのか?」
高橋は少し考えた。
高橋「どうでもよくはない。……たぶん、まだ決まってないんだよ」
タカハシ「決まってない?」
高橋「うちにも保留にしてる案がいくつかある。やるなら設備の調整がいるし、納期もある。結論が出てないのに、わざわざ『まだ決まってない』って言いに行くのも、なんか間抜けだろ」
タカハシ「……言ってこないのは、そういうことか」
高橋「ほかに何があるんだ」
タカハシ「却下されたんだと思ってた。いや、却下ならまだいい。忘れられたんだと思ってた」
高橋は言葉に詰まった。
高橋「……こっちは、覚えてるつもりだった」
タカハシ「そのつもりは、こっちには見えないんだよ」
高橋「だからって、黙って諦めることはないだろ。気になるなら聞けばいい」
タカハシ「……それは、そうだな」
タカハシは湯のみを手の中で回した。
タカハシ「正直、それだけでもない。言い出したやつが試す係になることが多いんだ。忙しい時期は、黙ってる方が楽っていうのもある」
高橋「なら、社員の側にも理由があるじゃないか」
タカハシ「あるよ。全部が会社のせいだとは言ってない」
高橋「じゃあ、うちの社員が言わなくなったのは、どれなんだ」
タカハシ「知らんよ。俺はお前の会社で働いたことがない」
高橋「お前は経営したこともないしな」
タカハシ「ない」
二人とも、少しだけ笑った。
高橋「同じ俺なのに、役に立たんな」
タカハシ「お互い様だ」
タカハシは湯のみを持ち上げ、少し迷ってから言った。
タカハシ「課長も、お前みたいに考えてたのかもしれんな。……明日、聞いてみるか。いや、やっぱり聞かないかもしれんけど」
高橋「おい、待て。うちの場合は――」
タカハシは残りのお茶を飲み干した。
向かいの席は、空になっていた。
高橋「……今、ここに俺と同じ顔の人間がいましたよね」
店主「そうみたいですね」
高橋「そうみたいって……このお茶、何なんですか」
店主「私は、お茶を出しただけですよ」
高橋は自分の湯のみを見た。まだ半分残っている。
保留にしたままの案がいくつあったか、すぐには思い出せなかった。
ここからは現実の話――提案が減った職場で確認したいこと
ここまでの物語はフィクションですが、同じようなすれ違いは現実の職場でも起こりえます。
改善提案が減ったとき、経営者からは「自由に言っていいと伝えているのに、なぜ言わないのか」と見えるかもしれません。
一方で働く側からは、「前に出した提案がどうなったか分からない」「言い出すと自分の仕事が増える」と見えていることもあります。経営者にとっては「検討中」の提案が、働く側には「放置」や「忘れられた」に見えている可能性もあります。
もちろん、原因がすべて会社側にあるとは限りません。忙しさや、責任を負いたくない気持ちから、働く側が言わないこともあります。どちらの事情が大きいのかは、経営者の側から見ているだけでは判断しきれません。
たとえば、次のような点を確認してみてはいかがでしょうか。
出された提案について、採用・保留・不採用のいずれかが本人に伝わっているか
「検討中」の提案が、どれくらいの期間そのままになっているか
提案した人だけに、手間や責任が偏っていないか
働く人から職場がどう見えているかを考える前に、まず経営者ご自身の目に職場がどう映っているかを整理しておくと、違いに気づきやすくなります。
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